言語化力「1」の僕が、AIの世界で溺れている話。
AIは、人間の能力を何倍にもしてくれるらしいです。でも、もし元の能力が「1」しかなかったら?動画生成AIにどっぷりハマって気づいた、ぼくの脳みその弱点について書きます。
頭の中には、ちゃんと映像があります。
夕日があって、風が吹いていて、人物の表情が少し揺れていて、どこか切ない。
でも、それをプロンプトにしようとした瞬間、ぜんぶ消えます。
出てくる言葉は、せいぜいこんな感じです。
「いい感じにエモくしてください」
終わっています。
動画生成AIにハマってから、ぼくはようやく気づきました。
ぼくに足りないのは、AIツールの知識だけではありません。
もっと根本にある、言語化力です。
しかも、体感値で言うと1です。
今日は、言語化力1のぼくが、AI動画の世界で溺れている話をします。
本題の前にお知らせです。
6月7日(日)、秋葉原UDXのAICDフィルムフェスに参加します。
参加されるかたは、ぜひお話ししましょう。名刺配ってます。
では、本題です。
あなたは、自分の「言語化力」に自信がありますか?
僕は、めちゃくちゃ低いです。
これまでずっと、感覚とか、感情とか、その場の「ノリ」だけで生きてきてしまいました。
いわゆる、完全に感覚派の人間です。
こういう人間の説明は、すべて擬音になります。
野球の長嶋監督みたいなタイプ、と言えば伝わるでしょうか。
「ボールがクッと来たら、力をクッと入れて、パーンと打ち返して、スポーンと力を抜くんです」
僕の頭の中は、年中あんな感じです。
これまでは、ライブ感とノリだけでなんとなく生きてこられました。
だけど、動画生成AIという化け物に出会ってから、事態は一変しました。
AIで動画を作るとき、僕たちは「プロンプト」という言葉の呪文を書きます。
あれはつまり、純粋な言語化力の殴り合いなんです。
世の中には、ChatGPTやGeminiがプロンプトを作ってくれるから大丈夫、という意見もあります。
確かに、AIは優秀です。
でも、盲点があります。
AIに頼む前の段階で、もう言語化力が必要なんです。
「こんな感じのエモーショナルな夕日の動画を作りたいので、プロンプトを考えてください」
この最初の「こんな感じ」の時点で、もう詰まります。
自分の中には映像がある。
でも、それを言葉にできない。
この苦しさがあります。
言語化が上手い人は、最初から見えている世界が違います。
「カメラアングルはシネマティックに」
「日の丸構図で」
「光はフォトグラフィックに」
「被写体の輪郭に逆光を入れて」
「背景は浅い被写界深度で」
こういう指示を、さらっとAIに渡せます。
その時点で、もう言語化できています。
ずるいです。
そういう人がAIを使うと、能力が倍々ゲームで増えていきます。
そういう人がAIを使うと、能力が倍々ゲームで伸びていきます。
もともとの言語化力が10ある人が、AIという2倍のブースターを使う。
すると、20の映像が返ってくる。
そりゃ強いです。
羨ましいです。
では、ぼくはどうか。
悲しいことに、ぼくの言語化力は1です。
その1の脳みそをChatGPTに突っ込んで、2倍に引き上げてもらう。
出てくるのは2です。
元本が足りていません。
その2のプロンプトを、KlingやPixVerseみたいな動画生成AIに必死にぶち込む。
返ってくるのは、やっぱりどこかしょぼい動画です。
惜しい。
何か違う。
でも、何が違うのかを言葉にできない。
ここでまた詰まります。
AI界隈は、いつも華やかです。
新しいツールが出ました。
このプロンプトがすごいです。
また映像のクオリティが上がりました。
そんな投稿が、毎日のように流れてきます。
でも、ぼくはツールを触るたびに、自分の頭の弱さを突きつけられています。
このSubstackの記事だって、そうです。
伝えたい熱量はマグマのようにあるのに、言葉の出口が狭すぎて、外に出てこない。
感覚だけで生きてきちゃった人間が、言葉が必要なAI動画の世界にどっぷり浸かってしまった。
これは、ちょっとした悲劇です。
もっと学生時代に、ロジカルシンキングとかいう小難しいやつを鍛えておくべきでした。
いま、底なしの沼の中で激しく後悔しています。
ハァ、とため息が出ます。
でも、ここで終わるのも悔しいです。
AIの進化スピードに、ぼくの言語化の筋トレが追いつくかは分かりません。
それでも、やるしかありません。
言葉にできない。
でも、作りたい。
しょぼい動画しか出ない。
でも、もう一回プロンプトを書く。
そうやってジタバタしながら、少しずつ前に進むしかないのだと思います。
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